COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2013年10月21日 更新(連載第10回)
Leg2
茨の道を歩み始めた一人の野武士 あまりにも険しい試練!
山本信博

Leg2 山本信博(6)
「結局、練習しかないと思っているんです」

2013年シーズン開幕当初の山本の不調について、盟友の浅田斉吾の興味深い分析がある。
 山本は良く言えばダーツに真面目、悪く言うと考えすぎるところがある。だから、朝一番の試合や、試合の第1投目が調子が良いと、そのまま波に乗るが、少しでも違和感を感じると、修正ポイントを考え始めてしまい悪循環に陥る。
 特に今年は、仕事をやめてダーツ一本になって初めての年だから、考える時間が増えてしまい、それが悪く作用しているのではないかーー。

「ダーツ1本の決意」

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12年末、山本はさらなる決断を下す。20年近く従事してきた仕事の廃業。そして、プロダーツプレイヤーとしての一本立ち。周囲は「相当な決意」と驚いたが、山本は平然としていた。
「周りの人がいうほど、たいしたことやないんですよ。会社辞めたとかじゃなくて、もともと、一人で仕事しとったんですから、ダーツも一緒なんです。去年1年やってみて、スポンサー契約やら事務所との契約、ランキングのボーナスとかみて、やってみようと思ったんです。去年の賞金で今年のツアーの参加費は確保できとるし、今まで断っとったイベント出演なんかも入れて、ダーツだけでどれくらい稼げるんかやってみたかったんです。それに、俺がやっとったのはすごく特殊な仕事なんで、資格もあるし経験もあるから、いつでも戻れるんやとも思ってるんで、だから、全然、追い詰められてないですよ」

3戦連続2回戦敗退

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重圧もない。悲壮でもない。自分ではそう思って迎えた13年シーズン。だが、思いもよらぬ試練が待ち構えていた。

開幕から3戦連続で2回戦敗退。練習不足もあって、思うようなダーツができない。
「やはり重圧に負けているのでは」。山本の思いを他所に様々な憶測が飛び交った。雑音を封じるには結果を残すしかない。

第5戦山形大会決勝第3セット第2レグ。そのチャンスが巡ってきた。

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第5戦 山形大会 決勝 第3セット 第2レグ「クリケット」

山本 信博(先攻)   浅田 斉吾(後攻)
1st 2nd 3rd to go   1st 2nd 3rd to go
T20○ S20 S20 40 1R S19 T19○ S19 38
T19● T20 S18 100 2R T17○ T17 T17 140
× S20 T20 180 3R T17 S20 × 191
S20 S17 T20 260 4R T17 S17 D20 259
T18○ T17● S18 296 5R S16 T16○ T16 323
T18 S16 T18 404 6R S16 S16 S16 371
T16● T15○ IBL 404 7R × × IBL 371
OBL
WIN
404 8R
○=OPEN ●=CUT OBL=アウトブル IBL=インブル
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第3セット第1レグをブレイクし、第2セットのまさかの逆転を帳消しにした山本の先攻。三度、優勝の二文字が近づいた。

第1Rはともに5マークのスタート。第2Rは山本が浅田の19をカット、浅田は17の9マークでポイントをリードした。

第3、第4Rは両者精度を欠きながらプッシュの応酬。第5Rで山本は再び浅田の17をカット。浅田はカットにいかずプッシュを続けた。

勝負処の第6R。山本はT18で得点を伸ばしたあと、浅田の16をカットにいき失敗(シングル)。3投目は再びT18で得点を稼いだ。ポイントでリードを許した浅田は、再逆転を狙ったが痛恨の3マーク。山本が優位に立った。

第7R。1投目で浅田の16をカットした山本は、2投目に勝負に出る。プッシュに行かず、15を1投でオープン。さらに3投目をインブルに突き刺し、大勢を決した。

求道者ゆえの苦悩

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今季初勝利後の6月、山本に話を聞いた。「久しぶりだったので、素直にうれしかった」と、優勝直後のインタビューと同じ言葉で、ほっとした表情を見せた。

「重圧」について問うと、重ねて否定した。が、環境の変化による影響は否定しなかった。

山本はその日最高のフォームを固めて試合に臨む。そのために、数多のチェックを行い、修正ポイントを探す。が、毎日毎回同じことを繰り返している訳ではない。試合に向け、徐々に調子を上げていく。例えば、試合の10日前に修正ポイントが6つも7つもあっても、試合が近づくにつれ少しずつ減らしていく。試合当日に、修正点が1つか2つになっていれば、調整がうまくいったということになる。

仕事をしながらツアーに参加していた昨年は、試合前の練習もままならなかった。だから、時間に余裕ができた今季は楽になり、調整はスムーズに行くと思っていた。が、勝手が違った。

「去年までは、(次の大会まで)時間があけばあくだけしっかり調整できたんですよ。ところが、今年は、時間があけばあくほど、プレッシャーが上がってきよったんですよ。その感覚の違いに、最初は戸惑いました」

時間があればある程、課題が見つかり、悩みが増える。ひたむきにダーツに取り組む求道者ゆえの苦悩。山形の決勝を戦った盟友・浅田の観察眼は、山本不調の遠因を見抜いていた。

「誰が見ても日本で1番うまい選手」

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29歳で初めてダーツに触れ、32歳でプロデビュー、34歳でPERFECTのトッププレイヤーに登り詰めた遅咲きの求道者、山本信博には胸に秘めた目標がある。

「世界」がそれだ。
いずれは、ハードダーツで世界を舞台に戦いたい。そのために、ソフトでもハードでも、「誰が見てもあいつが日本で一番うまい。あいつが日本代表になって当然」という選手になりたい。

――そのためにやるべきことは?
 問うと答えは単純明快だった。
「相手に勝つというより、自分のダーツをやりきる。そのためには、練習しかありません」
 練習すれば納得できる。納得できれば自信が持てる。自信があれば試合で緊張しない。山本ほどの選手でも、試合では震え上がる場面があるという。が、練習に裏打ちされた自信があれば、その震えも心地いい。
「結局、俺は練習しかないと思っとるんですよ」

求道者はどこまでも一途だった。

(Leg2 山本信博 / おわり)


次回予告
未知の荒野を歩む二人の開拓者。彼らの行く手は安住の黄金郷か、果てなき戦場か。永遠のトップランナーの苦悩と矜持を、第3戦北九州大会をプレイバックしながら語る「ダーツクロニクル」コラム第3弾!
Leg3 浅野眞弥・ゆかり『D to P ―受け継がれるフロンティアの血脈』
どうぞお楽しみに!

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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。