COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2014年5月7日 更新(連載第33回)
Leg7
弱肉強食の世界に飛び込んだファイティングダック 誰よりも高く羽ばたきたい!
樋口雄也

Leg7 樋口雄也(4)
「ダーツは自分の一部です」

COUNT UP!

14年シーズン開幕戦で悲願のPERFECT初優勝を果たした樋口雄也に、「理想のダーツは何か」を訊ねた。PERFECTを舞台にダーツに人生をかけるプロダーツプレイヤーの群像を描くこの連載で、これまで取り上げてきた選手のほぼ全員に訊いた質問だ。

樋口は答えた。
 「美しいダーツです」

美しいダーツ

――美しいダーツ?
 インタビューに対する樋口の姿勢は、スイッチャ―泣かせと言われるダーツの戦術と似ている。問いに対して、聞き手が予測したり期待したりするような答えは返ってこない。それが樋口スタイルなのか、問いを重ねるか、答えの意味を熟慮するかしなければ、理解できないような言葉が返ってくることもある。

「美しいというのは、構えてからテイクバックして、スローして飛んで行ってターゲットに入るところまで、ダーツに“ぶれ”が無い事です。主役はダーツですから、ダーツ自体がぶれなく美しい軌道を飛んでいくのが理想です。だから、自分はダーツが美しく飛ぶための発射台に成れるかどうかが肝だと思っています」

「美しいダーツ」に「発射台」。樋口は理想のダーツを詩的な言葉で表現した。

「削ることに集中しなよ」

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腕を高く掲げる投げる前のルーティンに加え、もう一つ樋口が見せる特徴的な癖がある。投げ終わったときに、2度3度自らを納得させるように頷く仕草だ。08年の春以降、いつのまにか身に付いていた。

08年4月20日のことだった。palmsの浅野ゆかりらが出場する試合の応援に出かけた帰り道。palmsチームのキャプテンが樋口に語りかける。

「ひぐひぐはさ、凄く上手いと思うんだよね。でも自分のミスに囚われ過ぎなんだよ。例えば26点とか出しちゃった時に結構怒るよね。でもさ、大事なのはトンパチでした、トンでした、26点でしたってことじゃなくて、あと何点残っているか、それをどうやってゼロに近づけていくかっていうことなんだよ。だから、そっちに集中しなよ」

日付まではっきりと記憶していた、この言葉が樋口のダーツを変える。樋口は振り返って言う。

「変わったと思います。それまでは入れるだけ。入った入らなかった。外したから次は入れてやろうっていうダーツしか出来なかったのが、明らかに変わりました。減らすことだけに集中するって、もの凄くシンプルなことですから、失敗を引きずらなくなりました。投げ終わった後に頷くのは、自分のスローを消化しているんです。『これでいいんだ』とか、『そういう風にしたら外れるよね、わかってる』とか、自分に語りかけているんです。消化できたらすぐに、次のことを考えられるようになりました」

「真剣勝負の中身が違う」

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その言葉で翼を得た樋口はこの年、大きな飛躍を遂げる。ソフトダーツ日本一を決めるフェニックス主催の「Revolution」で、東日本代表の座をもぎ取って、年末のグランドファイナルに出場した。まったくの無名だった山本信博をスターダムに押し上げたあの大会だ。

そして、山本がそうだったように、この飛躍が樋口をプロの世界へ誘(いざな)う。

予選会、地区大会、東日本大会、グランドファイナルと続くRevolutionの過程で、第一線で闘うプロたちとの対戦を通して、競技としてのダーツに強く魅かれた。

負ければ終わりの過酷な世界で闘うプロたちの姿が、樋口には凛々しく見えた。潔いと思った。
 「負けてしまった選手には、悔しいとか、もう終わっちゃったとか、色んな想いがあると思うのですが、彼らは不貞腐れることもなく、悔しさをぐっと噛み締めて、『入れられなかった自分が悪いからしょうがない。次頑張ってね』って言ってくれたんです」

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真剣勝負の中身が違う。ベストを尽くした結果を謙虚に受け止め、相手を認め負けを受け入れている。その強さに憧れた。

「こういう人達と定期的に戦いたい」
 グランドファイナルが終わるとすぐにプロ資格試験を受験し、樋口は翌09年からPERFECTの舞台に上った。

そして10年。5月の福岡大会準優勝を機に、ダーツへの情熱はさらに高まる。ツアー参加を最優先できる環境を求め、樋口は娯楽産業大手の会社を辞し、バレルメーカーのアスカダーツに転職。ダーツを中心にした生活に身を置くことになった。

胸に秘めた目標

「賞金の額が大きくなる年間ベスト8」の目標を達成して13年シーズンを終えた樋口は、胸の裡に秘めた大目標を持って14年シーズンに臨む。「優勝のない自分に、その目標を口に出すことはおこがましい。まずは優勝を」と、公言は封印した。

そして迎えた開幕戦。いきなり巡ってきたチャンスを樋口はものにする。

樋口を「甘い」と評した猛者、浅田斉吾との決勝。第1セットの第3レグをブレイクし、1セットアップで迎えた第2セットの第3レグ501。キープできれば初優勝の悲願が叶う。

ZOOM UP LEG

2014 PERFECT【開幕戦 横浜】
決勝 第2セット 第3レグ「501」

樋口 雄也(先攻)   浅田 斉吾(後攻)
1st 2nd 3rd to go   1st 2nd 3rd to go
S20 T20 T5 406 1R T20 S20 S20 401
S20 T20 T19 269 2R S20 S20 T20 301
S19 S5 T20 185 3R T20 S20 T20 161
T20 S20 T19 48 4R S20 S20 OBL 96
S8 D20 WIN 5R
OBL=アウトブル
COUNT UP!

初優勝に大手をかけた樋口のダーツが堅い。第1Rは95ポイント。3投目が1ビット左にそれた。対する浅田はTONで互角に滑り出す。

第2Rの樋口は落ち着きを取り戻し137ポイントを削った。浅田は1投目と2投目がともに1ビット下にずれ100ポイント。差は少し広がるも互角の状況が続く。

迎えた第3Rに産みの苦しみが待ち受けていた。下の19を狙った1投目はシングルに。ターゲットを20に戻した2投目は大きく外れS5。3投目はT20にねじ込むも、次のラウンドでは上がれない185ポイントを残してしまう。ボードからダーツを引き抜いた樋口は、いつものように2度、3度頷きながら控え溜りに戻った。

一方、百戦錬磨の浅田は好機を逃さず140ポイントを削りto go 161。後攻の浅田が優位に立った。

第4R。to go 48とした樋口は「天命」を待つ。逆転優勝に後がない浅田がここで痛恨のミス。1投目をターゲットから大きく上に外しto go 96で、攻撃権を樋口に渡した。

第5R。樋口の選択はトップのD20。1投目のアレンジを冷静に決めると、チャンピオンシップダーツは、理想通りの美しい弧を描いてD20に吸い込まれた。

PERFECTの大空を羽ばたく

COUNT UP!

――樋口さんにとってダーツとは何ですか?

昨シーズンの終盤、まだ優勝がなく苦しんでいた樋口に訊ねた。これも取材したすべての選手に投げかけてきた問いだ。

「ダーツは自分の一部です」
 と、樋口は答えた。
 「ダーツがない自分は想像できません。ダーツがあるから注目してもらえるし、多くの人に応援していただけています。今の自分は、ダーツによって人格形成されていると思います」

このやり取りのあと、樋口に14年シーズンの目標を訊ねた。「まずは優勝です」と樋口は答えている。「もちろん、年間王者は目指していますけど、優勝のない僕が言っても現実性がないですから。早く優勝して、『年間王者が目標』と言えるようになりたいと思っています」

14年2月の開幕戦で宿願を果たし第一のハードルを飛び越えた樋口は、優勝直後のインタビューで満面の笑顔を見せ、「これで胸を張って目標は年間王者と言えるようになりました」と、喜んだ。

開幕戦の後の戦績は第2戦ベスト16、第3戦ベスト8、第4戦ベスト4、第5戦ベスト32で、5月7日現在、総合ランク2位と、安定した戦いを続ける。

開幕戦の優勝で、これまで畳んでいた翼を広げたアヒルの子、樋口雄也は白鳥のようにPERFECTの大空に羽ばたく日が来ると信じている。

(終わり)


次回予告
モデル出身にして卓越した技術と洗練された立ち振る舞い、そんな彼一流のスタイルは、これまで彼が歩んできた長く曲がりうねった道の上での戦いの日々が創りだした。変幻自在のダンディー、その路上のルール。
Leg8 谷内太郎
『The Long and Winding Road ――這い上がるダンディ』
どうぞお楽しみに!

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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。