COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2014年3月24日 更新(連載第30回)
Leg7
弱肉強食の世界に飛び込んだファイティングダック 誰よりも高く羽ばたきたい!
樋口雄也

Leg7 樋口雄也(1)
悲願の初優勝

PERFECTツアー2014の開幕を前に、樋口雄也の今季を浅田斉吾に占ってもらった。
「だめでしょ」と、にべもなかった。
 ――なぜですか?
 理由を問うと
 「甘いと思います。温室にいますから」と、素っ気ない。

「樋口は甘い」

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浅田の真意はこうだ。昨年の覇者・山田勇樹を筆頭に、4強と言われる浅田、小野恵太、山本信博はいずれも、賞金ツアーとスポンサー料、イベントなどの出演料で生計を立てる文字通りのプロ。今ある場所に辿りつくまでは、それぞれに違った道を歩んできたが、4人ともダーツ3本で生活するしかない、何の保障もない厳しい環境に身を置いていることに変わりはない。

が、樋口は違う。バレルメーカーの社員として月給を得ながら、シフトなどで会社からツアーに全戦参戦する優遇も受けている。本職を別に持つプレイヤーがツアーに参加するには、この上ない恵まれた環境にある。それが、浅田には「甘い」と映る。

勝負の世界のこと。専業であろうが副業であろうが、是非の問題はない。強い者が偉い。勝つためにどのような環境に身を置くかも、勝負の範疇だ。樋口は自分にとって一番良いと思う環境を選択している。が、結果が出なければ、たとえ反論があっても、「甘い」という評価は甘受するしかない。

PERFECT初参戦は09年。2013年シーズンは年間ランキング6位で、初のトップ10入りを果たしたが、まだ優勝がない。トーナメントでは優勝以外はすべて負けだ。自他共に認めるトップ選手となるには、「1勝」が喉から手が出るほど欲しい。

ワンチャンスで浅田を撃破

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2014年2月8日、パシフィコ横浜。シーズン開幕戦で、樋口は3度目の決勝の舞台に立った。対するは浅田。もちろん、樋口は「甘い」と言われたことを知らない。

決勝は3セット3レグマッチ。第1、第2セットは01、クリケット、01で、第3セットはクリケット、クリケット、チョイス。この日の浅田は絶好調。加えて、クリケットでは常に抜群の強さを誇る。地力に劣る樋口にチャンスがあるとすれば、後攻めの第1セットの01をブレイクすることにつきる。

第1セット第1レグ01。緊張が見える樋口はダーツをコントロールできず、浅田に大差のキープを許す。が、第2レグには落ち着きを取り戻し、真骨頂と言ってもいい早い仕掛けで、浅田の陣地を次々にカット。第1Rの1投目にオープンした自陣の20でポイントを稼ぎ、大差でキープ。レグカウント1-1で勝負の第3レグを迎えた。

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2014 PERFECT【開幕戦 横浜】
決勝 第1セット 第3レグ「501」

浅田 斉吾(先攻)   樋口 雄也(後攻)
1st 2nd 3rd to go   1st 2nd 3rd to go
S20 S20 T19 404 1R S20 T20 T20 361
S20 S20 T20 304 2R T20 S20 T5 266
T20 S20 T18 170 3R S19 T20 T20 127
S1 T20 T20 49 4R T20 T17 D8 WIN

先攻の浅田の第1Rは、2投がシングルとなりポイントは97。つけ入りたい樋口は、T20を2本決めて140ポイントを削り、1Rで43ポイントのアドバンテージを得た。

第2R。互いにT20は1本ずつで、ポイント差は38。第3Rでは、浅田が1投目にT20、3投目はアレンジのT18を決めTo Go170で上がり目としたのに対し、樋口もT20に2本入れTo Go127と譲らず、第1Rで得た43ポイントのアドバンテージを保ったまま、最終局面でのワンチャンスを待った。

勝負の第4R。浅田は1投目をS1に外して49ポイントを残し、樋口に待望のチャンスが巡ってきた。普段と変わらないルーティンのあとに放った1投目は、美しい放物線を描いてT20に、2投目はアレンジのT17に、そして3投目はD8に吸い込まれ、ウイニングショットとなった。

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唯一のチャンスをものにして第1セットを奪った樋口は、第2セットの第1レグと第3レグをキープし、悲願の初優勝を遂げた。その瞬間、両拳を握りしめた樋口の眼鏡の奥に、早くも涙が滲む。浅田から差し出された右手を握る。眼鏡を外し両目を拭った樋口は、「すごく嬉しいです」と優勝インタビューに答えた。

人気者のアヒル

樋口は人気者だ。ホームショップは川崎の武士ダーツ。関東圏で開催される地元の大会では、一番大きな声援を得る。それも樋口の力の泉だ。

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「ひぐひぐ」の愛称で親しまれ、口角の上がった愛嬌のある唇がアヒルを連想させる。そのアヒルをマスコットキャラクターにしている。試合のときに使う風変わりな眼鏡に坊主頭。投擲の前に利き腕を何度も上下させるルーティン。人懐っこい笑顔。まめに更新するブログ。ファンやお店のお客さんとの時間を忘れたダーツ談義。人気の訳を数え上げれば切りがない。樋口はプロダーツプレイヤーのなんたるかを、よく知る人だ。

PERFECT随一の理論家

大学教授を父に、ドイツ語の翻訳家を母に持ち、自らは慶応義塾大学文学部哲学科の卒業。専攻は美学芸術(音楽)史。PERFECT所属のプレイヤーの中では異色の経歴の持ち主だ。

であるからかどうかは別として、樋口はPERFECTきっての理論家と言われる。01においてはアレンジを研究し尽くし、クリケットでは「スイッチャー泣かせ」の代名詞となるほどトリッキーな戦術を見せる。

何より、ツアーを転戦するダーツ仲間をして、「変態」と言わせるほどのダーツ好き。今瀧舞は「つかみどころのないお兄ちゃん」と評し、「試合でのトリッキーな攻め方は、私には理解できないけれど、理論があってやっている。結局、樋口さんのことはよくわからない」と苦笑。22歳の金子憲太は「あまりにも奇抜。理論派と言われているのに、突拍子もないことを平然とやる。相手の心の折れ方をしっているから怖い」

樋口雄也とは一体、何者なのか。

(つづく)


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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。