COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2014年4月7日 更新(連載第31回)
Leg7
弱肉強食の世界に飛び込んだファイティングダック 誰よりも高く羽ばたきたい!
樋口雄也

Leg7 樋口雄也(2)
理論家の真骨頂

2014年シーズン開幕戦で悲願のPERFECT初優勝を果たした樋口雄也だが、優勝直後の涙が物語るように、そこまでの道のりは平坦ではなかった。

初参戦は09年。この年はスポット参戦で年間ランキング14位にとどまる。10年からフル参戦し、5月の福岡大会で初めて決勝に駒を進めるが、小野恵太に初優勝をさらわれた。小野恵太はこの優勝を機に、PERFECTのスターダムを駆け登ることになる。

樋口のこの年のランクは12位。翌11年は24位と低迷し、12年には再び、トップ10にあと一歩の13位まで順位を戻した。

人気先行の苦悩

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この間、樋口は特異なキャラクターで人気者となる。また、慶應卒の看板と、観客をあっと言わせる独特の戦術で、PERFECTきっての理論家と称されるようになった。

が、優勝がない。ベスト4には何度も駒を進めたものの、決勝に残れたのは10年の一度だけ。年間ランクもトップテンには届かない。人気と理論家の称号に相応しい実力と結果が伴わない。樋口にとって苦しい日々が続いた。

迎えた13年7月。シーズン第11戦新潟大会で、待ちに待ったチャンスが訪れる。この日の樋口は絶好調。3回戦で前年度D-CROWNの覇者・知野真澄、準々決勝で浅田斉吾のビッグネームを倒す快進撃で、自身2度目の決勝の舞台に立った。PERFECT以外の試合を含め、二人にはそれまで勝ったことがなかった。

待っていたのは王者、山田勇樹。実力では劣るがチャンスはあるはず。「(初めて)知野と浅田に勝って、今日(優勝)しなきゃ、いつするんだ」と、高揚した気分で決勝に臨んだ。

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2013 PERFECT【第11戦 新潟】
決勝 第1セット 第2レグ「クリケット」

山田 勇樹(先攻)   樋口 雄也(後攻)
1st 2nd 3rd to go   1st 2nd 3rd to go
T20○ ×(S1) T20 60 1R T19○ S20 T20● 0
T17○ T19● T18○ 60 2R T16○ T18● S17 0
S16 D16● T17 111 3R T15○ ×(S3) T15 45
T15● OBL ×(S5) 111 4R S15 OBL S17 45
OBL OBL●
WIN
111 5R
○=OPEN ●=CUT OB=アウトボード IBL=インブル OBL=アウトブル
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第1セット。第1レグの01をブレイクされて後がなくなった樋口が、後攻めのクリケットで果敢に仕掛ける。

第1Rの山田は6マーク60ポイント。樋口は1投目にトリプルで19をオープンすると、2投目はプッシュせず山田陣の20をカットにいく。2投を費やし、ポイントはゼロ。

第2R。山田は樋口の仕掛けをものともせずホワイトホース。3本のダーツを小気味よくT17、T19、T18に突き刺すと、樋口は拍手を送った。が、樋口も奮闘。1投目にトリプルで16をオープンすると、再びカットへ。18は1投でクローズしたが、3投目の17はシングルとなった。ポイント差は60のまま。

第3R。ポイントリードの山田は2投で16をカットし、3投目にトリプルで17をプッシュ。111にポイントを積む。諦めない樋口は1投目にトリプルで15を獲得し、2投目はカット。が、ミスショットとなり、3投目にT15で45ポイントを加点した。

第4R。山田は1投目の3マークで樋口の虎の子15をカット。セットを決めに行くが2投目はアウターブル、3投目はミスショットとなった。

ブルの獲得と加点で、僅かではあるが樋口に勝機は残った。ブルの6マークなら75ポイントの加点でポイントオーバーし、プレッシャーをかけられる。が、放った1投目はミスショットとなり、万事休した。

「自分は優勝できる人だと思っています」

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先回りして言うと、新潟大会の決勝で樋口は完敗している。セットカウント0-2。しかも1レグも取れなかった。

なぜ優勝できないのか。「答えは出てきません」。昨シーズンの終盤、樋口は苦悩していた。が、そこは理論家。さまざまな分析も試みていた。

勝つには単純にもっと上手くなること。細かいことの積み重ね。技術的には、自分のスローに対する理解度を高めること。その点が、山田は優れている。

――スローに対する理解度?
「どうすればダーツが飛ぶか、飛ぶダーツをターゲットに合わせることができるかが分かっている、ということです。細かいことは人それぞれだと思いますが、例えば、もう少し早く離そうと思っても、早く離せない原因がわかっていなければ、早く離せない訳です。原因がどこにあるのか、強く握り過ぎているとか、指に力が入り過ぎているとか、体が開き過ぎているとか、そういうことがすぐに解るというのが、自分のスローに対する理解度だと思います。その点が山田は秀でていて、自分はいまいちだと」

「でも」と、樋口は続けた。「やっていくしかないです。そして、出来ると思うんです。PERFECTでは優勝はありませんが、ビッグネームが揃った他の大きな大会では優勝したこともあります。だから、自分では優勝できる人だと思っています。決定的に足りないものがあるとも思っていません。ただ、優勝するために必要な諸々。スタミナだったり、窮地になった時のメンタルの持ち様であったり、長い時間続く試合でのリズムの作り方とか、そういうものの精度が総合して、まだ足りないとは思っています」

完敗に隠された、樋口の戦略

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正直を言えば、樋口から最初に「決定的に足りないものはないと思っている」と聞いたときには、強がりに聞こえた。そう疑ってしまうほど、新潟での決勝は完敗にみえた。

が、樋口から戦術について詳しく解説を聞いた後、9ダーツTVの動画で試合を何度も見返すうち、私は自分のダーツへの理解度の低さに気付かざるを得なかった。試合には、スコアだけを見ていては分からない、樋口の凄みが隠されていた。

第1セットの第2レグ、クリケット。先攻の山田の第1RはT20、ミス、T20でポイントは60だった。樋口は1投目で19をオープンすると、2投目に山田陣の20をカットに行く。山田は6マークだから、普通なら自陣の19をプッシュしてポイントで優位に立とうとするところだ。

樋口にその訳を聞くと、澱みなく答えた。「相手は、このときは6マークですけど、9マークだったとしてもカットに行きます。もし、自分が19で9マークを返したとしてもポイントは相手がリードです。それが永遠に続いたら、相手陣の数字の方が大きいのですから、勝てない訳ですよ。まして、シュート力は相手(山田)が上だから、プッシュ合戦になれば相手のペースになってしまいます。そういう戦術を僕は取りません。自分のやりたいようにやらせてもらう、ということです」

樋口の第1R2投目はS20。もし、ここでクローズに成功していれば、次はプッシュではなく、次のナンバー18のオープンに行っていた、と解説する。「成功していたら、相手は後攻めの立場になりますから」

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第2Rで山田はホワイトホース。それでも、樋口は再び仕掛けている。1投目に16をオープンし、2投目、3投目はカット。3投目がシングルになったが、もし、ホワイトホースを返して相手陣をすべてカットできていたら、局面は変わっていた。

勝負ごとに「たられば」は空しいが、樋口は少しでも勝てる確率が高くなる戦術を、計算尽くしてダーツをしている。後攻めのクリケットで言えば、陣地が全部閉まったあと、75点差以内のビハインドでブルを打つチャンスが来れば、勝機が残る。「といっても、 □スリー・イン・ザ・ブラック (ブルの6マーク)は難しいので、50点差以内だったら、人事を尽くして天命を待つ、という感じじゃないですか」

第3R。山田は2投で樋口の16をカットすると、3投目は自陣の17をプッシュした。もし15のオープンに失敗すれば、樋口に15を与え、自らは全ての陣地を失い、ブルの4マークで相手に逆転の目を残す危険性がある。プッシュはそれを避ける安全策だった。

積極果敢に仕掛け続ける樋口に対し、慎重に安全策を選択した山田。結果的には樋口の仕掛けはことごとく跳ね返されたが、ゲームは劣勢のはずの樋口ペースで進んでいる。地力に勝る山田に、ミスをすればワンチャンスで逆転もある、というメッセージを突きつけ続けている。完敗とみえた対戦で、樋口は、理論家の真骨頂を見せていた。

(つづく)


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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。