COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2014年8月19日 更新(連載第40回)
Leg9
PERFECTに舞い降りた妖精。疾走するワルツ
大城明香利

Leg9 大城明香利(3)
「ダーツにだったら自分のすべてを注げる」

2012年PERFECT男子年間総合ランク2位、13年4位、そして今年は第10戦終了時点で総合3位につける「信さん」こと山本信博は、1週間でレーティングを3ランクジャンプアップさせた経験がある。ダーツを始めて2年目のこと。浅野眞弥に二言三言助言を受け、バレルを変えたのがきっかけだった。1週間で3ランクのジャンプアップは「奇跡に近い」と言われた。

1日でレーティングが2点アップ

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大城明香利も同じような経験をしている。2012年の秋にレーティングが3日で2ランク上がった。PERFECTに初参戦した頃のことだ。

誰かに助言を受けたとか、直近に猛練習をした成果がでたとかということでは全然ない。ただ、右腕に手首から二の腕までを被う長いサポーターをつけてみた。今は大城のトレードマークとなっているあの黒いサポーターだ。

一緒に店を切り盛りする母に勧められたのがきっかけだった。先にサポーターをつけて投げていた母に「結構楽だよ」と、最初に勧められたときは、半信半疑だった。が、「騙されたと思ってつけてみて」と言われ試してみると、確かにダーツが楽に飛ばせる。

それまでのレーティングの最高は21。そこに壁があってその先にどうしても進めなかった。が、サポーターをつけて投げ始めると、不思議なことに突然ダーツが安定した。あっという間にレーティングが上がった。理由はわからない。以来、サポーターを欠かしたことはない。

「外したら投げられないかと言えば、そんなことはなくて、なくても入るんですけど、やっぱりある方が落ち着いて投げられるっていうか、タバコみないなものですかね。ちょっと落ち着くみたいな」

まるで人から聞いた不思議な話を披露するような話し方で、大城は自らの体験を語り首を傾げて笑顔を見せた。

もちろん、サポーターをつけただけで、そのようなジャンプアップが起こるはずはない。地道に積み重ねてきた練習や試合の経験によって蓄積されてきた実力が、ほんのちょっとした出来事を契機に突然姿を現した。そういう事態なのだと推察できる。

とはいえ、山本にしろ大城にしろ、トップに登り詰める選手の多くは、不思議な体験をしている。それが所謂「持っている」ということなのか、それとも厳しい練習に耐えてきた人々に起こる必然なのか――。

3大会連続の決勝

PERFECT2013年シーズン第11戦。7月13日、於・新潟県三条市・メッセピア。

第9戦の仙台で初優勝を遂げ決勝の呪縛から解放され、年間女王を見据えた驚異のルーキーは、地元沖縄で開催の前節第10戦で2連覇を果たしていた。新潟で狙うは3連覇。実現すれば、今野明穂を抜き年間女王レースのトップに躍り出る。

沖縄大会以来、落ち着いてダーツが投げられるようになったという大城は、決勝トーナメント1回戦で森田葉奈子、2回戦で開幕戦優勝の田中美穂、3回戦は吉田沙也加の挑戦を退けベスト4に勝ち進むと、初優勝の仙台決勝を戦った盟友の今瀧舞を準決勝で降し、3大会連続で決勝に駒を進めた。

対するはサウスポーの對馬裕佳子。1回戦で総合女王レーストップを走る今野明穂を、2回戦で実力者の清水希世を倒し波に乗った對馬は、開幕戦以来のベスト4に名乗りを上げ、その勢いでシーズン初の決勝の舞台に立った。今野の1回戦敗退で、決勝を前に大城のランキング1位は決まっていた。

史上3人目の3連覇でPERFECTの顔に

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決勝第1レグ701は大城の先攻。第2Rでハットを打って試合を有利に運んだが、第5Rで對馬がハットを返し、第6Rを終えて残り166対165の接戦になる。大城に上がり目はないが165の對馬は上がり目を残した。

第7Rで大城はハットトリックで對馬に圧力をかける。對馬は1、2投をT20に捩じ込むが残り45の3投目をS15に外し俯く。続く第8Rの2投目にD8の大城がファーストレグをキープした。

第2レグのクリケットは後攻めの大城が圧勝。第1Rで9マーク、第3、第5Rで5マークと安定したスローを見せた。

決勝は大城の2レグアップで第3レグを迎える。

ZOOM UP LEG

2013 PERFECT【第11戦 新潟】
決勝 第3レグ「クリケット」

大城 明香利(先攻)   對馬 裕佳子(後攻)
1st 2nd 3rd to go   1st 2nd 3rd to go
T20 S20 T20 80 1R T19 × T19 57
T19 T17 × 80 2R × S18 × 57
S18 S18 × 80 3R × T18 S18 93
S18 × S20 100 4R × T16 S16 109
T16 T17 × 151 5R S15 × S15 109
S15 T15 × 166 6R × S20 S20 109
× × IBL 166 7R × × × 109
× OBL
WIN
166 8R 109
○=OPEN ●=CUT OB=アウトボード IBL=インブル OBL=アウトブル
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2レグ連取で波に乗る先攻大城は第1Rに7マーク。後のなくなった對馬も6マークで滑り出した。

が、第2R大城の6マーク以降は、両者固くビックラウンドなしの外し合いが続く。第4Rを終え100-109。開いている陣地は先攻の大城20、17に対し、對馬は16。ポイントビハインドながら大城優位で終盤を迎えた。

迎えた第5Rが勝敗を分ける。大城は1投目のT16で對馬陣をカットし、2投目のプッシュで51Pを積む。対する對馬は15をオープンに行ったが2マークに終わった。

第6R。大城が2投で15を獲得し勝負あり。第8Rの第2投目にウイニングショットをブルに沈めた。

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女子のツアー3連覇は、PERFECT開幕2年目、2008年の岩永美保の6連覇と、09年シーズンの松本恵の3連覇につぎ史上3人目の快挙だった。

試合終了直後に9ダーツTVの解説席でインタビューを受けた大城には余裕があった。

「初優勝までは、決勝が私なんかですみません、という気持ちでしたけど、応援してもらっているのだから勝たないと申し訳ない。すみませんという気持ちより、勝つんだっていう、その気持ちの切り替えができたのがよかったと思います」

3連覇の新星は自身の勝利をそう分析してみせると、4連覇や年間女王は意識しないと言いながら、他方で「打倒松本さんで頑張ります」と、絶対女王の名前を挙げ打倒を宣言した。

シーズン当初は何かにつけ控えめで遠慮気味だった姿は影を潜め、大城はすっかりPERFECTの新しい顔になっていた。

ダーツとは無縁の3年

「内地で一人暮らし」を夢見ていた大城明香利は、高校卒業後の2009年4月、18歳の春に沖縄を飛び出した。行先は三重。家族の絆が強い沖縄のこと。内地に行く妹を心配した2番目の兄が、以前暮らしたことがあり知り合いの多い三重なら安心と、送り出した。

派遣で事務の仕事をしながら、大城はそこで3年を過ごした。ダーツにはほとんど触らなかった。ダーツのことは忘れていたと言ってもいい。3、4カ月に1度ぐらい、ラウンド1のようなところで触るぐらいだった。

しかし、ダーツの神様は類稀な才能を放ってはおかなかった。

2010年、大城21歳の春、お小遣いを餌に「勧学院の雀」にダーツを叩きこんだ父が病に倒れた。母一人ではダーツバーの切り盛りはできない。三重にいた大城が呼び戻された。

勝てるまで何度も挑戦し続ける

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待っていたのはダーツ漬けの日々。久し振りに投げてみると、レーティングは10に届かない。中学校のときの自分より下手糞になっていた。団体のリーグ戦に出ても勝てない。悔しい。リーグ戦で優勝すれば内地に行ける。行きたい。チームの仲間の足も引っ張りたくない。生来の負けず嫌いが、忘れていた情熱に再び火を点けた。

とにかく練習した。練習のスタイルは中学・高校の時と同じ対戦方式。店のお客さんや強い人とゲームを繰り返す。勝てない相手を見つけると、勝てるようになるまで練習し、また挑戦する。何度も対戦し、勝てないと悔しくて泣き、泣くと「悔しかったら練習しろ」と言われ、また練習する。それを愚直に繰り返した。朝まで投げることも珍しくなかった。

その過程でいろんな場所で投げた。店によってダーツのマシーンやライトの加減で軌道の見え方も変わってくる。たくさんの場所で様々な場面で実戦を積んで、ゆるぎない自力と自信を身に着けた。

猛スピードでプロに

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本格的に練習を再開して半年。レーティングが16まで上がった。「投げれば投げるだけ、練習すればするだけ数字になって表れるのがダーツの面白いところ」。情熱の火にさらに油が注がれた。

当時を振り返って大城は言う。
「努力すれば絶対出来るはずだと思いました。辛いんですけど。それまで何か一つの目標を達成するためにとことん努力をしたことがなかったんですけれど、ダーツにだったら自分のすべてを注げる、情熱をぶつけられると思って、がむしゃらになれたと思います」

幼いころから自然とダーツの基礎を身体に叩き込まれていた「勧学院の雀」は、目を瞠るスピードで力をつけた。周囲から「上手いね」と言われるようになると、自分でも「上手いのかな」と思うようになった。

「プロでもやれるかも知れない」と思い始めたのは、沖縄に帰って本格的にダーツを再開して1年も経たない頃。「今だったらプロで稼げるかもしれない」「いや、もう少し自信をつけてから」…。

そして2012年の初め、大城はD-CROWNのプロ資格テストに合格して、プロツアーに参戦する。沖縄に帰って2年も経っていなかった。

(つづく)


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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。