COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2014年1月7日 更新(連載第21回)
Leg5
迷わない 彷徨わない 歩く道は自分が決める それが私のプライドだから
今瀧舞

Leg5 今瀧舞(4)
涙の訳

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セキスイハイムアイスアリーナ、札幌、8月25日、2013年。PERFECT TOUR 2013第14戦札幌大会に、今瀧舞はトレードマークだった長い髪をバッサリと切り落として参戦した。

一緒にツアーを回るプロ選手仲間の間では、髪を切ったのは失恋が原因と噂されていた。が、「違う」と今瀧は言う。

仙台で初めてのベスト4、さらには決勝の舞台を経験した今瀧は、第11戦の新潟でもベスト4に食い込み、ランキング上位の選手を脅かす存在になり始めていた。

この日も順調に決勝トーナメントの山を登り、ベスト8の準々決勝で、仙台の決勝で苦杯を喫し、新潟の準決勝でも跳ね返された大城明香利と対戦した。今季5回戦って1度も勝っていなかった。

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第14戦 札幌大会 準々決勝 第3レグ「701」

大城 明香利(先攻)   今瀧 舞(後攻)
1st 2nd 3rd to go   1st 2nd 3rd to go
B B B 551 1R S1 S1 B 649
S11 B S1 489 2R S15 S19 B 565
S3 B S8 428 3R S12 S1 B 502
B B B 278 4R B S2 B 400
S4 B B 174 5R B B S14 286
S20 S3 B 101 6R B B S6 180
B S2 S17 32 7R T5 B S9 106
OBD S16 S8 8 8R B S6 B WIN
OBD=アウトボード
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レグカウント1-1で迎えた最終レグ。コークに敗れた今瀧は01をチョイスした。「クリケットなら、シュート力で劣っても戦術で勝つチャンスがある」が持論の今瀧が、大城の不調を衝いて勝負に出た。

しかし、序盤に早くも思惑が外れる。第1Rはハットを打った大城に対し、今瀧は1ブルで52Pしか削れず、大きなビハインドを背負った。

それでも、大城にいつもの安定感はない。他方の今瀧もその隙に付け込むことが出来ない。差はじりじりと開き、5Rを終えto go 大城174対今瀧286と大差がついた。

第6R。第5Rで上がり目を残した大城は、チャレンジでT20を狙うがミス。2投目のブルも外した。つけ入りたい今瀧は、ハットこそ逃したものの、2ブルでto go 180と上がり目を残し、大城にプレッシャーをかけた。

続く第7R、残り101Pで1投目をブルに沈めた大城の2投目は、アレンジではなく勝負。このゲームを象徴する場面だった。が、決め切れず、今瀧にわずかなチャンスが回ってきた。

しかし、今瀧の1投目はT20をとらえることが出来ない。勝負は決したかに見えた。が、大どんでん返しが待っていた。

第8R。残り32の大城の1投目はアウトボード。2投目、3投目もシングルで、今瀧にまさかのビッグチャンスが回ってきた。最後まで諦めなかった今瀧が、ブル、アレンジ、ブルで混戦にピリオドを打ち、棚ぼたの勝利を手にした。

6度目の直接対決で初めて手にした勝利。「ゲームには勝ちましたけど、ダーツでは負けていたから勝ったとは思っていません。ずっと追い込まれていましたから」と、ゲームを振り返ったが、今瀧は盟友からの初勝利を「ゲームに勝ったのは素直に嬉しい」と喜んだ。

共振れ

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――同じ会社の所属の松本恵さんたちをのぞいて、最も尊敬する選手は?
今年、初めてPERFECTにフル参戦した今瀧に訊ねた。

「大城さんです。負けてるっていうのもありますけど、彼女にはほんとに素直な気持ちで、頑張ってって言えるんです」

なぜ、と問うと、純粋にダーツが好きなのが戦っていて分かる、と答えた。そして、もの凄く他者に気遣いができる人だから、とも。

大城に今瀧の印象を訊ねると、奇しくも同じ答えが返ってきた。「初めてPERFECTにフル参戦して右も左もわからなかった私に、何かにつけて声を掛けてくれたのが今瀧さんでした。不安で不安で怖かったけど、今瀧さんのおかげでダーツを投げることができました。今瀧さんがいなかったら、好成績は残せませんでした。私も今瀧さんのように、周りの人に気の遣える、心に余裕のある人になりたいと思います。尊敬しています」

一緒にツアーを回る仲間でありながら、全員がライバルであり敵でもある。そのような過酷な環境の中で、二人は共振れしている。二人にしか分からない何かで、通じ合っている。

「明香利ちゃんが、初めての決勝の相手でよかった」

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再び仙台。共にPERFECTに初フル参戦した今季、二人は仙台の決勝で対戦した。今瀧が試合後に号泣したあの戦いだ。

決勝戦を前に、今瀧は選手控室で大城に話しかける。「明香利ちゃんが、初めての決勝の相手でよかった」
 言葉を受け取った大城の目が潤んだ。

試合後、初優勝を遂げた大城が、真っ先に探したのは今瀧の姿だった。控室の片隅で茫然として座り込んでいた敗者に、勝者が泣きながら駆け寄った。今瀧は抱擁で祝福した。

優勝者の大城は、インタビューに呼び出され、控室を後にする。一人残された今瀧の肩が震え、嗚咽が号泣へと変わる。

――悔し涙ですか?
聞かずもがなだと思いながらも、訊ねた。が、返ってきたのは意外な答えだった。

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「あの日の試合のことは、緊張しすぎて何も覚えてないんです。ベスト8ぐらいから記憶がとんでます。試合が終わって、ぼーとしてたら、大城さんが駆け寄ってきて、心から祝福できました。そしたら、緊張の糸が切れたっていうか、ああ、終わったんだって、ほっとしてしまって、そしたら、涙が突然、溢れてきたんです。悔しいとかじゃなくて、私、準決勝も、決勝も初めてだったので、ほんとに嬉しかったんです。でも、嬉し泣きとも違って、ほっとして、そしたら、泣けてきたんです」

競技ダーツのプロは、想像を絶する緊張感の中で戦っている。大一番の後の涙は、「悔し涙」と一言で表現できるような、単純な涙ではなかった。もちろん、悔しくなかった訳ではない。が、悔しさがこみ上げてくるのは、ずっと後になってのことだった。

脱皮した二人

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4度目の決勝で初優勝を果たした大城は、それを機にPERFECTの女王レースに名乗りを上げる。仙台から破竹の3連覇を遂げ年間女王争いのトップに躍り出た。

一方、仙台では準々決勝で女王・松本恵を、準決勝でD-CROWN2012年年間女王の大内麻由美を倒して準優勝を果たした今瀧もまた、トッププレイヤーへの階段を一つ登る。そして、大城を倒した札幌で、再び決勝の舞台に臨んだ。

(つづく)


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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。